第38回木曽音楽祭 曲目解説 ・・・・・ 寺西基之

8月25日(土)フェスティヴァルコンサートII

マルティヌー●九重奏曲 第2番 H.374

ボフスラフ・マルティヌー(1890-1959)は20世紀のチェコを代表する作曲家のひとりである。プラハで勉強した後、1920年代にパリに留学し、新古典主義など当時の先端の音楽を吸収した。彼の作風は、新古典的なスタイルを土台にしつつも、斬新な響きやリズムの面白さなど、様々な語法を取り入れ、きわめて多様で独創的作風を追求した。あらゆるジャンルを手掛けた多作家で、室内楽においても多様な楽器の組み合わせによって多くの作品を残している。この九重奏曲はそうした彼の室内楽作品の中でとりわけ愛好されている作品で、マルティヌー最晩年の所産である。彼は1940年にナチを避けて亡命したが、それだけにかえって後期の作品にはチェコの民族的傾向が強く見られ、死の年となった1959年の初めにわずか1カ月足らずの期間で書かれたこの九重奏曲もそうした民族的性格が強い。全体は3つの楽章からなり、最晩年の作とは思えないディヴェルティメント風の愉悦感に満ちた性格の曲となっている。チェコ九重奏団の結成35周年を祝って作曲されたもので、フルート、オーボエ、クラリネット、ファゴット、ホルン、ヴァイオリン、ヴィオラ、チェロ、コントラバスという編成をとっている。第1楽章(ポーコ・アレグロ)は民俗的な特質を感じさせる舞踏的でリズミックな躍動感に満ちている。第2楽章(アンダンテ)はどこか不気味で神秘的な美しさを持ったノクターン風の緩徐楽章。第3楽章(アレグレット)は活気と叙情が入り混じるフィナーレである。

シューマン●ピアノ五重奏曲 変ホ長調 Op.44

ドイツ・ロマン派を代表するロベルト・シューマン(1810-56)は初期にも室内楽曲を試みているが、本格的に室内楽に取り組むのは1842年のことだった。1830年代にはほとんどピアノ曲ばかりに力を入れ、クララと結婚した1840年に多数の歌曲を創り出し、1841年には交響曲など管弦楽作品に挑んだ後、1842年に今度は室内楽に目を向けたわけで、この年彼がいかに本気でこのジャンルに挑もうとしたかは、まずハイドン、モーツァルト、ベートーヴェンなどの古典の室内楽曲を研究することから始めていることにも窺える。 ピアノ五重奏曲もまさにこの年の所産で、ピアノと弦楽四重奏が室内楽的に結び付けられるとともにしばしば協奏風に対峙し、それによって外向的な若々しい情熱から内向的な夢想や憧憬まで、幅の広い表現が生み出されている。構成面でも第1楽章第1主題を終楽章の最後で回帰させるという循環的な手法を用いるなど、全体の統一性が考えられている。第1楽章(アレグロ・ブリランテ)は明朗な第1主題とロマンティックな第2主題によって変化に富んだ展開を繰り広げるソナタ形式楽章。第2楽章(イン・モード・ドゥナ・マルチア、ウン・ポーコ・ラルガメンテ)では葬送行進曲風の主部と叙情的な第1エピソードおよび劇的なアジタートの第2エピソードが交替する。第3楽章(スケルツォ、モルト・ヴィヴァーチェ)は急速なスケルツォで、2つのトリオを持つ。第4楽章(アレグロ・マ・ノン・トロッポ)は情熱的なフィナーレ。自由なソナタ形式をとり、再現部の後に改めて第1主題が主調で出され、ここから第2展開部といえる長大なコーダが始まる。このコーダでは新しい主題も示され、第1主題によるフガートなどを経ていったん大きな頂点を築き、さらに第1楽章第1主題とこの楽章の第1主題による圧倒的な2重フガートが展開、大きなクライマックスを築く。

ブラームス●セレナード 第1番 ニ長調 Op.11(ロッターによる九重奏復元版) 

ヨハネス・ブラームス(1833-97)はまだ若かった20代後半の一時期(1857年から59年まで)デトモルトの宮廷に務め、森に囲まれた静かなこの町で宮廷楽団や合唱団の指揮、室内楽の演奏、音楽の指導を行なった。毎年9月から12月までの職務という時間的にも余裕があった仕事だったので、自身の勉強にも時間を割くことができ、特に自らの手足となる楽団を使えたことで管弦楽の書法や楽器法についての実地の経験を積むことができたことは、彼にとっては大きかった。こうした中で生み出されたのがセレナード第1番である。着手はデトモルトに就職してまだ程ない1857年のことで、翌年に一応の完成をみた。この時は九重奏の室内楽編成(フルート、クラリネット2、ホルン、ファゴット、ヴァイオリン、ヴィオラ、チェロ、コントラバス)による4楽章からなる作品で、1859年にハンブルクで初演されている。しかし室内楽編成に物足りなさを感じたブラームスは、標準編成の管弦楽のための作品への改作に着手、新たに2つのスケルツォも追加し、1859年秋にこの作品は新しい6楽章構成の管弦楽曲として生まれ変わる。今日まで伝えられてきたのはこの管弦楽版で、曲は、6つの楽章を持つ多楽章の長大な構成、親密で明るい伸びやかな曲想など、古典的なセレナードの様式と精神を受け継いでいるが、同時に後年のブラームスの交響曲につながる特質も窺われ、さらに古典的形式の中に感じさせるロマン性など、彼の原点を考える上で興味深い作品である。この管弦楽版への改訂に伴い、当初の九重奏版はブラームス自身の手で破棄された。 しかし近年J・ロッターがこのオリジナルの九重奏編成を再構成する試みを敢行し、その楽譜を出版した。本日演奏されるのはこのロッターによる復元版である。復元といってもあくまで管弦楽版をもとにしての推測によるもので、管弦楽版で初めて追加された2つのスケルツォも含む形なので、ブラームスのオリジナルそのままというわけではないが、当初ブラームスが意図した響きを考えるにあたって大きな意義を持つ試みといえる。 第1楽章(アレグロ・モルト)は全体に牧歌的な気分の支配するソナタ形式楽章である。第2楽章(スケルツォ、アレグロ・ノン・トロッポ)は幾分不気味さをはらんだニ短調のスケルツォ。第3楽章(アダージョ・ノン・トロッポ)はロマン的な内面的叙情に満ちた長大な変ロ長調の緩徐楽章。一転して第4楽章(メヌエット)は明快な2つのメヌエットからなる。第5楽章(スケルツォ、アレグロ)は伸びやかなスケルツォ。第6楽章(ロンド、アレグロ)は快活なロンド・フィナーレ。