第38回木曽音楽祭 曲目解説 ・・・・・ 寺西基之

8月26日(日)フェスティヴァルコンサートIII

エネスコ●管楽十重奏曲 ニ長調 Op.14 

20世紀前半のルーマニアを代表する音楽家ジョルジュ・エネスコ[エネスク](1881-1955)は、名ヴァイオリニストとしてめざましい活躍をするとともに、作曲家としても数々の作品を残し、またピアニスト、指揮者としても名声を博した。ウィーンで勉強した後、パリ音楽院で研鑽を積み、マスネやフォーレにも学んでいる。国際的に活動する一方、母国ルーマニアの音楽界の発展にも大きく貢献した。作品はオペラから管弦楽曲、器楽曲など幅広いジャンルにわたっており、その作風は多様で、多くの作品で民謡や民俗音楽を発想の土台としているが、管楽十重奏という稀な編成(フルート2、オーボエ、イングリッシュ・ホルン、クラリネット2、ファゴット2、ホルン2)をとる本日の作品はまだ20代前半の若き日の所産で、ことさら民族主義を前面に打ち出したものではない。しかしルーマニアの田園を彷彿とさせる詩情豊かでどこかノスタルジックな性格の作品となっており、その一方で全曲にわたって多用されているポリフォニックな書法、楽器の音色とその組み合わせに対する音響設計、楽想の対比や関連付けなどには、若き作曲家らしい意欲的な試みが窺える。全体は3つの楽章でなる。 第1楽章(優しく活気に満ちて)は牧歌的な雰囲気の漂うソナタ形式楽章。フガート風の模倣を織り込んだり、楽器の絡みに多様な工夫を示したり、デリケートな気分の移ろいを見せたりなど、変化に富むが、全体の田園的な基調は変わらない。夕映えのような余韻を持つコーダも印象的だ。第2楽章(穏やかに)はいくぶん民族的な趣を持った主題に始まる仄暗い叙情を持つ緩徐楽章だが、中間部は明るく躍動的となって農民舞曲を思わせる。最後はファゴットのおどけた走句に続いて、穏やかな和音で閉じられる。第3楽章(楽しく、しかし活発過ぎずに)は愉悦感に満ちた第1主題(ブラームスの交響曲第2番の終楽章の主題との関連が指摘されている)と躍動的な第2主題を持つソナタ形式によった伸びやかなフィナーレで、最後は大きな高揚をみせる。

ガーデ●弦楽五重奏曲 ホ短調 Op.8 

ニルス・ヴィルヘルム・ガーデ[ゲーゼ](1817-90)はデンマークの作曲家である。若い時期にコペンハーゲンでヴァイオリン奏者および作曲家として活動していたが、メンデルスゾーンによって彼の作品が高く評価されたことで、メンデルスゾーンのいるライプツィヒに移住した。そしてメンデルスゾーンが監督を務めていたゲヴァントハウス管弦楽団の副指揮者を務め、1847年のメンデルスゾーンの死後はそのあとを継いで同楽団監督となる。しかしその地位に長くは留まらず、1848年にコペンハーゲンに帰郷、以後デンマーク楽壇の中心的存在として母国の音楽界の発展に努めた。作風はメンデルスゾーンやシューマンに連なるドイツ・ロマン派の様式を土台としており、本日の弦楽五重奏曲(編成はヴァイオリン2、ヴィオラ2、チェロ)もライプツィヒにおいてメンデルスゾーンの下で活動していた1845年の作だけに、そうしたドイツ・ロマン派の書法が顕著に示されているといえよう。 第1楽章はアンダンテ・コン・モートの序奏の後、アレグロ・エスプレッシーヴォのソナタ形式の主部となって、第1ヴァイオリンにメランコリックな第1主題が示される。展開部はこの第1主題の主調(ホ短調)の回帰に始まって情熱的な盛り上がりを示し、楽章の最後にもこの主題が現われる。第2楽章(アレグレット)は牧歌的な叙情の漂う楽章で、メンデルスゾーンの影響がとりわけはっきりと感じられる。第3楽章(プレスト)はスケルツォに相当する楽章で、シンコペーションを生かした主題は民俗的な趣を持っている。第4楽章は祈りのような静謐なハ長調の序奏(アダージョ)の後、ホ短調の急速な情熱あふれる主部(アレグロ・アパッシオナート)となって2つの主題を軸に発展、高揚感を増していき、ホ長調の力強い終結に至る。

ワインガルトナー●ピアノ六重奏曲 ホ短調 Op.33 

フェリックス・ワインガルトナー(1863-1942)は何よりも20世紀前半を代表するオーストリアの名指揮者として知られている。ドイツ各地で指揮者としての名声を高め、ベルリン宮廷歌劇場、ウィーン宮廷歌劇場の総監督を歴任、また1908年から1927年にかけてはウィーン・フィルの常任指揮者を務めた。しかしもともとは音楽家としてのキャリアを作曲家としてスタートさせており、生涯にわたって作曲活動も継続的に行なっている。とりわけオペラと交響曲の作曲に力を入れたが、室内楽曲や器楽にも作品を残した。ピアノ六重奏曲は、通常のピアノ五重奏(ピアノ、ヴァイオリン2、ヴィオラ、チェロ)にさらにコントラバスを加えた編成による長大な4楽章構成の作品である。 第1楽章(アレグロ・アパッシオナート)はソナタ形式で、提示部では情熱的な第1主題、ヴァイオリンが表情豊かに歌うハ長調の明澄な第2主題、軽やかにたゆたうリズムの上で伸びやかな旋律が歌われる変イ長調の第3主題が並列的に示される。半音階的な動きも多用した錯綜した響きの支配的な展開部を経て、再現部では第1主題が展開的に再現された後、第2主題がホ長調、第3主題がト長調で現われる。第2楽章(アレグレット)はスケルツォに相当する楽章で、ピッツィカートの弦を背景にピアノが律動的な音型を奏する主部(再現の度に変化が加えられる)の間に、ヴァイオリンを中心とした伸びやかな第1エピソードとチェロのカンタービレが主導する甘美な第2エピソードが挟まれる。第3楽章(アダージョ、イン・カラッテーレ・ドゥーナ・インプロヴィサツィオーネ、マ・イン・テンポ)は、ピアノの奏でる叙情的主題に始まり、弦に歌い継がれる甘美な楽想、ピアノと弦が交わす付点リズムの音型、アルペッジョが繰り返される部分、動的なワルツ風の部分など、様々な楽想が交替する。第4楽章(ダンツァ・フネーブレ、アレグロ・モルト・モデラート)は付点リズムを中心とした楽想となだらかながら不気味さを秘めた楽想による“死の舞踏”が大きく発展するが、一転ホ長調に転じて弦に静かで穏やかな主題が出現、ピアノがハ長調で受け継いでコラール風の高まりを示し、弦の清澄な響きが明るい終結を予感させる。しかし再び“死の舞踏”が回帰、やがて力尽きたように途切れ途切れになった後、決然とした和音による終結に至る。